大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所 昭和48年(ネ)307号 判決

控訴人

宝和鋼材株式会社

右訴訟代理人

坂本清

被控訴人

前田武好

前田繁隆

右両名訴訟代理人

三宅為一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人両名は控訴人に対し、各自金二一四万五、四一四円及びこれに対する昭和四三年七月一九日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人両名の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠関係は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示と同様であるから、これを引用する。

一、控訴人の主張

(一)  訴外株式会社前田機械製作所(以下単に訴外会社という。)の債権者集会の情況について。

被控訴人前田繁隆申出の債権額の一割を同被控訴人が支払つて残債権を放棄するという案は、昭和四三年三月三一日の債権者集会において一般債権者に図られたが、賛成する者と拒否する者とがあつて一本にまとまらなかつたので、決定されるに至らず、最終的には各人の自由に任せることになつた。従つて、控訴人(控訴人の社員である訴外森川英二の行為を控訴人の行為であるとみても)は一般債権者に対し債権額の一割の弁済をもつて残余債権の放棄を承認せしめたことはない。又これを図つた債権者集会は昭和四三年三月三一日であり、本件連帯保証契約が締結されたのは同月二三日であるから、控訴人は残債権の放棄を一般債権者に承認させながら、秘かに本件連帯保証契約をしたという事実はない。

(二)  本件連帯保証契約は有効である。

(1)  倒産時における債権者平等の原則とは、優先弁済権を有する債権は別にして、債務者の財産は最終的には一般債権を有する者の債権に対して平等な担保となされるべきものであるというにある。控訴人は本件において、債務者である訴外会社の財産について、一般債権者の債権を害するような行為はしていない。控訴人は、控訴人の訴外会社に対する債権について、債務者でない被控訴人らと連帯保証契約を締結したにすぎない。従つて、控訴人は債権者平等の原則に違反していない。

(2)  控訴人は、被控訴人らの困窮に乗じて本件連帯保証契約を締結したものでもない。控訴人が被控訴人らと右訴外会社に対する債権について交渉した内容は、控訴人は被控訴人らの申出た「一割弁済により残債権放棄」の案には応じられないと主張したまでのことである。このような場合、控訴人は右案に応じなければならない理由もなければ制約もなく、控訴人の自由である。控訴人の右主張に対して、被控訴人両名が、本件連帯保証契約を結ぶに至つたものである。被控訴人前田武好は右訴外会社の代表者であり、被控訴人前田繁隆は被控訴人前田武好の実兄であるから、被控訴人両名が倒産につき債権者との関係において、立場上ある程度困惑したことは推認され得るけれども、そのため直ちに、被控訴人両名が本件連帯保証契約を締結するにつき、自由な真意に基づかなかつたものとは言えない。被控訴人両名の困惑により直ちに本件連帯保証契約に瑕疵を生じるものとは言えない。

二、被控訴人の主張

(一)  訴外会社の債権者集会の情況について。

倒産した訴外会社の残余財産は僅かに債権額の四パーセントに過ぎなかつたので、被控訴人前田繁隆は、債権額の一〇パーセントに相当する金額を、現金をもつて訴外会社のため代位弁済をすることを条件に、残債権はこれを放棄せられたい旨債権者に申出た。そこで、昭和四三年三月三一日開会された最終の債権者会議において、控訴人の総務課長である訴外森川英二が議長となり、前記申出を出席債権者に図つたところ、積極的な反対を主張する者はなかつたが、一部の債権者から残債権を存置する旨の申出があつたため、決議するまでには至らなかつた。しかしながら、現金で一割の支払をした後、残債権につき請求してきた者は一人もなかつた。

(二)  本件保証約定書作成の事情について。

(1)  本書面は、昭和四三年三月二三日控訴人事務所において、控訴人の要請により、被控訴人両名が困惑の末、署名捺印したものであるが、控訴人は、前項の一割支払の事情を最終債権者会議の前に熟知していながら、他の債権者に図ることなく、自己の利益のため策動したものであるから、債権者会議の前後にかかわらず、本約定は債権者平等の原則に反するものとして無効である。

(2)  仮にそうでないとしても、被控訴人らは、控訴人の要求を拒否した場合、最終の債権者会議の結果につき憂慮せざるを得ず、このような心理状態においてなされた保証契約は、真意に基づきなされたものとは認め難く、また、公序良俗に反し無効である。

〈原判決事実摘示訂正省略〉

理由

控訴人主張の請求原因事実については、被控訴人両名が訴外会社の控訴人に対する本件債務につき連帯保証契約を締結したか否かの点を除いて当事者間に争いがない。そして〈証拠〉によると、被控訴人両名が右連帯保証契約を締結した事実を認めることができ、原審における被控訴人両名各本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

そこで、被控訴人らの抗弁のうち、先ず本件連帯保証契約が公序良俗に違反し無効であるとの主張について考えてみる。

〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

一、被控訴人前田武好が代表取締役をしていた訴外会社は、昭和四三年三月一五日ころ取引先である広島市所在の訴外豊産業株式会社の倒産の影響を受けて連鎖的に倒産するに至つた。

二、そこで、訴外会社の第一回債権者会議が同月一七日債権者及び訴外会社役員ら出席のもとに開催され、その際債権者委員として控訴人外五名の者が選出され、同委員らの手により訴外会社の整理が進められることとなつた。その席上被控訴人前田武好は個人資産をも放出すること、その他の役員も応分の責任をとること、債権者は会社資産を勝手に持出さないこと、訴外会社の代表者印を控訴人が保管することなどが取決められた。

三、その後右債権者委員による第一回債権者委員会が同月一九日開かれ、控訴人は債権者委員長に選任され、同委員会において、訴外会社の売掛金債権を債権者委員会に譲渡させること、訴外会社の資産の再評価を行うこと、全債権者に対し債権届出書及び債権者委員会に対する権限委任の委任状の用紙を発送すること、銀行関係の調査をすること、債権者委員会の事務所を控訴人会社内に置くことなどが決議された。

四、ところが、被控訴人前田武好の実兄である被控訴人前田繁隆が同月二一日の第二回債権者委員会の席上、同被控訴人が訴外会社の債務の一割相当額を各債権者に代位弁済すること、各債権者は訴外会社に対する残債権を放棄して、訴外会社の営業を継続させることの整理案を申出で、債権者委員会としても、整理に多大の費用と日数とを要し、整理を行つても各債権者に対する配当額が右提案の一割を超えるか否か疑問であることから右被控訴人の提案に賛成し、これを債権者会議にかけることとした。

五、しかるに、控訴人の営業部長である訴外新良貴弘及び前記の債権整理関係の事務を主になつて担当していた総務課員森川英二の両名は、同月二三日被控訴人両名を控訴人事務所に呼出し、両名に対し、控訴人としては右提案の債権の一割相当額の代位弁済では不満であり、全額支払つてもらいたい、このままでは控訴人は訴外会社の整理及び再建に力を貸すことができないが、もし被控訴人らにおいて控訴人に対し今一層の誠意をみせるならば、債権者委員長として訴外会社の整理及び再建に協力する旨告げた。そこで控訴人両名は、このさい債権者委員長である控訴人の協力が得られないときは、訴外会社の再建は全く望み得なくなるものと憂慮し、控訴人の意向を受け入れるほかないものと決意し、訴外会社の控訴人に対する債務につき本件連帯保証契約を締結するに至つた。

六、かくして最終の債権者集会が同月三一日開催せられ、訴外森川英二が控訴人を代理して議長となり、被控訴人前田繁隆の前記提案につき審議したところ、大多数の債権者が賛成したが、一、二の債権者が経理の都合上直ちに残債権の放棄をすることができないと主張した(控訴人はこの中には入つていない。)ため、結局賛成の者は右提案を受け入れ、反対の者は同提案を受け入れて一割相当額の代位弁済を受けて残債権を放棄するか、あるいはこれを拒否して飽くまで債権の取立を行うかその者の自由に任すこととし、訴外会社の整理手続を完了することとした。

七、そこで、被控訴人両名は同年五月末頃、右提案に反対した債権者を除く他の全債権者に債権額の一割相当額を支払つて残債権の免除を得、又右提案に反対した債権者に対してもその後において債権額の一割相当額を支払つて残債権の免除を得た。従つて、控訴人を除いて残債権を請求した者は一名もいない。

前掲各証拠によると以上の事実が認められる。〈証拠判断省略〉

そこで考えてみるに、控訴人は、たとえ私的整理であるとは言え、訴外会社の債権者委員長として、債権者らが平等な配当を受けられるよう努力すべき道義的責任がある(商法四三四条参照)のにかかわらず、前記認定のとおり裏面において自己の債権全額について被控訴人らの連帯保証を得ておきながら、一方債権者会議においては、この事情を秘匿して、自らも債権の一割相当額の弁済をもつて満足する如く装い、議長となつてこれを主催し、前記の一割代位弁済による残債務免除の線で会議の大勢をまとめるに至つたものであつて、控訴人の右所為は、債権者委員長としての職務の公正を害し、他の債権者らに対しはなはだしく信義にもとる行為であるばかりでなく、企業再建のためには債権者委員長の温情にすがるほかない極めて弱い立場にある被控訴人両名に対し、倒産した訴外会社の債権者委員長としての圧倒的に優勢な地位を利用して本件連帯保証契約を締結せしめたものであつて、他人の窮迫に乗じて社会的にはなはだしく不相当な財産的給付を約束させる行為であり、右契約は目的に社会的妥当性がなく、公序良俗に反する無効の法律行為であると言わなくてはならない。そしてこのことは、仮に控訴人と訴外会社との間の取引が他の債権者に比して長年月にわたるものであり、かつ控訴人の債権額が債権者中最も多額であつたとしても、同様であると言うべきである。それ故被控訴人らのこの点の主張は理由があるから、控訴人の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく棄却すべきである。

そうすると、右結論と同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(宮田信夫 高山健三 武波保男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例